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しぇいの肺炎日記



(1999年1月5日更新)

札幌に来て初めての冬。私は体が寒冷地仕様でないために、とうとう肺炎になってしまいました。
「肺炎」なんて、遠い昔の物語にしか存在しないものだと思っていたのに....。
みなさんもお気を付けください。



● 10月13日(火) ------------------------------------

いつ頃から咳が始まったのかよく覚えていないが、この日にはもう結構ひどかった。 しかし、他の症状は全くなかったので、風邪だとは思っていなかった。
何故この日を覚えているかというと、この日は「全体会」という会社の行事で東京出張だったのだ。 全体会の大半は偉い人のお話を聞く時間なので、みんながしーんとしている中で ごほごほいっていると顰蹙ものだと思い、市販の咳止め薬を使用。 しかし、午前中は全く効果なし。午後になってようやく少しきいてきたようだった。

余談だが、この日の前々日が初めてパーマをかけた日だった。 全体会での評判はあまりよくなく、「大正時代の人みたーい」とか言われて悲しかったけど、 なんの反応もしない札幌事務所の人々よりはマシだと思った。

● 10月20日(火) ------------------------------------

熱があったので、「やっぱり風邪かぁ。ここで無理をしてはいかんな」と自主休業。


● 10月23日(金) ------------------------------------

仕事が終ってすぐに Fクリニックへ。
この時点で熱はもう 39℃。 わりと普段から熱に強いようで、38℃ぐらいでは気がつかない。 札幌に来てすぐの頃もやはり熱を出したのだが、そのときも「それでも病人か〜!」と 言われるほど普通に生活していた。
がしかし、熱が 39℃でしかも咳がとまらないとなるとさすがにやばい。 来週あたまは休むことになりそうだ、と覚悟をし、急ぎの仕事を引き継いでから (一方的に喋っただけ、という言い方もある)病院へ向かった。 ただし、この引継ぎが無駄だったことを後日知ることになる。

Fクリニックにつくと、まずは熱を測り、レントゲン写真を撮った。
「肺炎になりかかってるね。会社あるんだよねぇ? 通いで何とかなるかなぁ...」
ここの先生は前回熱を出した時にかかったことがあるので、 私が会社を休みたがらないのをよく知っている。
とりあえず、血液採取。これの結果は月曜になるそうだ。
点滴の前に、テストとして小さな注射(皮下注射だろうか)を 2つして、15分ほど待つ。 O.K.がでたら点滴。時間は 30分ぐらい。 受付時間ぎりぎりに行ったので、この頃には既に 18時半ぐらいになっていたのだが、 しきりのむこうで看護婦さんが電話しているのが聞こえた。 どうも、飲み会か何かがあったらしいのだが、やはり行けそうにもない と言って謝っているようだ。 なんだかとっても悪いことをしたなぁと思いながらうとうとしかけていると 「終りましたよ」と声をかけられた。 「せっかく眠りかけたところなのにごめんなさいね。」 などと優しい言葉をかけられ、よけいに済まない気持ちになってしまった。
「紹介状を書きますから、土・日はどこかで点滴してもらってください。 で、月曜にまた来てください。あ、月曜は会社休んでね。 その後のことは検査の結果をみて決めましょう。」 と言った先生は、さっさと先に帰ってしまっていたというのに!
会社に電話をし、「やっぱり肺炎らしいので、月曜はお休みします。 その後はまだわかりません。」と言っておいた。

ちなみにこの日もらった薬は以下の通り。

薬の名称 効用
シープロン抗生物質
アデフロニック消炎・解熱
フスゼミンCPカプセルせきどめ
ガスチリン胃薬

● 10月24日(土) ------------------------------------

紹介状をもって M医院へ。
先生は黙って紹介状を読んでたが 2回通り目を通すと顔を上げた。 「まずはレントゲン撮りましょう。」

ところがここのおばさん看護婦ががさつな人で、ひとが着替えている時にも 平気でカーテンを開けたり、台の上にのったときも腕を乱暴におさえる。 あまりに腹が立ったので「痛いですよ」と言ったら、「肺炎だものねぇ、痛いわよねぇ。」
あまりの的外れな答えに、「あなたが私の腕をこの金属の固まりにぶつけたのが痛かったのだ!」 と言う気も失せてしまった。

ここでも点滴の前にテストをしたが、どうも、Fクリニックとは違う薬のテストのような気がする。
「しっかり肺炎ですね。本当はこれぐらいだと入院するんですけどねぇ...。 あ、うち内科になってますけどね、私は呼吸器が専門なんです。 ほら、ここんとこ真っ白でしょ。これぜーんぶそうなんですよ。」
そう言われても、白く映っているのがそんなに変なことなのかわかるはずもない。
「血液検査はしました? 結果は? ああ、そう、月曜日...。 どんな薬もらいました? 持ってきてない? う〜ん、もらった薬は持ち歩いた方がいいですよ。 ここは明日休みですから、休日の当番医表を見て点滴しに行ってくださいね。 紹介状を書くとお金かかりますから、これをお返しします。」 と、Fクリニックの紹介状を渡された (もちろん家に帰ってからしげしげとながめたのはいうまでもない)。
「あ、このレントゲン写真を貸し出ししますから、持ち歩くようにね。」 (これももちろんしばらく楽しんだのはいうまでもない。 ただ、ちょっと大きくて持ち歩くのは面倒だった。)

● 10月25日(日) ------------------------------------

封のあいた紹介状とでっかいレントゲン写真を持って ??病院へ(もう名前忘れた)。 一番近そうなところを選んだのだが、地下鉄沿線ではないのでしょうがなくタクシーに乗った。
その病院はいかにも木造といった感じで、なんとなく子供の頃通っていた小児医院を思い出した。

割と若めでひょろっとした先生が、紹介状を読み、レントゲン写真を見てひとこと、 「こりゃひどいな。」
M医院でいわれた通り、薬を 見せると、先生はふ〜んといいながら薬を物色しはじめた。 抗生物質を手にとって、「これ何系かなぁ」などといいながら本を見たりしていたが、 見つからなかったらしく、看護婦さんを呼ぼうとしたので、 私は「セフェム系らしいです」と言ってみた。昨日、本で調べていたのだ。 先生は、看護婦さんに「これセフェム系らしいんだけど、調べてくれる?」と頼み、 私の方へ向きなおると「現時点で一番新しい情報を持っているのは私なので、 私の判断に従ってもらうことになります。」と前置きして話し始めた。
「これ、マイコプラズマ肺炎じゃないかなぁ。 マイコプラズマのときによくこういうレントゲンが出るんですよ。 この薬は一旦置いといて、マイコプラズマにも効く薬に変えましょう。 それにあわせて他の薬も変えますね。粉薬大丈夫ですか?」
「だめです」と答えると、また本などを調べながら 「これ...だとまずいし、これ...もだめだよなぁ。これは...」とぶつぶつ言っているので しょうがなく、「粉でもいいです。頑張ります。」と言うと、 「そう? それがいいよ。薬同士の相性って難しいからね。」と言って少しわらった。 「じゃ、吸入してから点滴していってくださいね」

なんだか、吸入器のようなものでスーハーするのだが、やり方がよく分からない。 たぶん口から吸って鼻から出すんだと思うのだが、いかにも苦しい。 そういえば、子供の頃喘息でこういうのをやったような気もする...などと考えながら、 きれいな看護婦さんを眺めていた。
点滴はそのきれいな看護婦さんがやってくれた。 「痛んだり気分が悪くなったりしたら声をかけてくださいね。すぐ来ますから。」 ああ、看護婦さんが天使のように見えるというのは本当だったんだなぁ!

待合室で薬を待っているときにふとテレビを見ると、 松本明子がデスクの上に正座して電話しているので何事かと思ってしまったが、 電波少年だと知って納得した。

帰りはバス停が目の前にあったので、バスと地下鉄を乗り継いで帰った。 実は、札幌でバスに乗ったのはこの時がまだ二度目だった。 東京にいた時によく乗っていたような定額前払いのバスではなく、 整理券をとって降りる時に払うタイプのバスなので、つい敬遠しがちなのであるが、 ここ数日治療費や薬代でかなり出費がかさんでいたのでなんとなくタクシーに乗るのが ためらわれてしまったのだ。が、後でちょっとだけ後悔した....。
ここの病院でもらった薬は飲みきってしまったために、シートなども捨ててしまっていて 情報が残っていない。今にしてみればもったいないことをした、と思うけれど、 当時は「肺炎日記を書こう♪」などという心の余裕があるはずもない。 病院の名前や場所さえ覚えていないぐらいなのだ。 (「おまえは普段から何も覚えてないだろ!」と思ったあなた! その通りです。)

● 10月26日(月) ------------------------------------

会社は有休。
M医院でのレントゲン写真を持って再び Fクリニックへ。
ここは会社にはそこそこ近くていいのだが、家からいくには地下鉄に乗ってさらに 5分ばかり歩かなくてはならないので、ついた頃にはすでにくらくらしていた。
23日の血液検査の結果は 白血球値が 2万。 どんなにすごい数なのかよく分からないが、少なくとも普通より一桁は多いらしい。 他にも 2つばかり数値が示されたが、ともかくそれらも桁が違うのだ、ぐらいしかわからなかった。 「マイコプラズマかもしれないと言われた」と報告すると、再び血液を採取することになった。 その後、おなじみ点滴。
薬は日曜に行った??病院のを無くなるまで飲めばいいらしい。
「とにかく、水曜までは休んでね。」と言われてしまったので、会社に連絡を入れておいた。

● 10月27日(火) ------------------------------------

今日も有休。
今日も Fクリニックで点滴。
実は、その日会社に人が少ないのを知っていたので、病院が昼頃に終るようにし、 会社へ電話をかけて「かわいそうな病人にうなぎをおごってください。」 と言ってみた。案の定、昼を外で食べる人はその人ひとりだったので、O.K.がでた。
作戦勝ちだな、と思いながらメニューを見、安いやつ(それでも 1700円だ)を頼もうとしたら、 倍ぐらいの値段のを頼まれてしまって、えらく恐縮してしまった。 完全に負けだ....。これでしばらく(3日ぐらいか)頭が上がらないじゃないか。
私は病人らしくぼさぼさの頭に眼鏡をかけてグレーのダッフルを着ており、 かたやきっちりスーツを着てネクタイを締めているわけで、 まさに田舎から出てきた妹にうなぎをおごる兄といった構図だったのも 敗北感を煽った。

その後、薬をもらいに薬局へ行った。 薬局は会社をはさんで病院とは逆側にあるので、うなぎがなければ耐えられなかった道のりだ。
薬局のおばさんが、「薬多いわねぇ。一日ずつにする?」と聞く。 よくわからないので「はい」と言うと、カプセルや錠剤が全てもとのシートから取り出され、 一種類ずつ小袋(粉薬がはいっているようなやつ)に入った状態ででてきた。 「げげっ、こういうことだったのか!」と思ってもとき既に遅し。
この日もらった薬は以下の通り。

薬の名称 効用
パンスポリンT抗生物質
ボルタレン消炎・解熱
アストシン咳どめ
ムコダインたんきり
セルベックス胃薬

● 10月28日(水) ------------------------------------

今日もまた有休
今日も Fクリニックで点滴。
「明日はもう会社に出ていいですよね?」と聞くと、 「まぁ、いいでしょう。でも点滴には来てくださいね」と言われた。
おかげで随分調子がよくなった気がしたので、ちょっとだけ会社に寄って mailをみたりした。 見なかったことにしたい mailもあったが、シンガポールからの不具合の報告とあっては 無視するわけにもいかない。
「今日は有休なんです。ちょっと寄っただけですから。」と念を押した上で 再現テストをし、自分のテスト項目不足を確認した後逃げた。 こういうことがある度、自分の力不足を感じると共にソースを作り逃げした人々を 恨めしく思うのであった....。

● 10月29日(木) ------------------------------------

いよいよ今日から会社復帰だ。
朝出勤して、「出荷前テスト(休む前に頼んでおいたやつだ)、どうなりました?」 と聞くと、「ああ、あれ、まだ終ってない」というこたえ。 うおー、あれの締め切り、とっくに過ぎとるやんけー!と思いながら、しょうがないので ざくざくテストをこなしていく。こんなことやってて治るんかなぁ....。

● 11月14日(土) ------------------------------------

M医院に行って、薬をもらう。
「まだ治らないんじゃ、マイコプラズマかもしれないな。」というので、 検査では出ませんでしたよ、と言うと、 「マイコプラズマって2,3日しないと検査に引っ掛からないことがあるんですよ。 でも、二度目の検査ででなかったんだから大丈夫か...。でもわからないな。 念の為、ちょっと高級な抗生物質出しておきますから。マイコプラズマにも効くやつです。」

薬の名称 効用
クラビット抗生物質
エンピナース鼻炎・たん・炎症
レスプレン咳・たん
セルベックス胃薬

● 11月19日(木) ------------------------------------

M医院に行って、薬をもらう。
22,23日に結婚式で東京に行く予定だったので「いつもより多めの 5日分ください」 とお願いした。
問題は、結婚式では合唱に参加することになっているのだが、まだ声がハスキーなままなことだ。 普段はソプラノだったのだが、念の為讃美歌はアルトを練習しておくことにした。

● 11月20日(金) ------------------------------------

なんだか胸が痛い。
普段は何ともないのだが、咳をするとあばらのあたりがきりきり痛むのだ。 ただ、我慢できないほどではないのでとりたてて気にはしなかった。

● 11月22日(日) ------------------------------------

結婚式に出席するために朝一番の飛行機で東京へ向かった。 機内で朝の分の薬を飲むために水を汲もうと、キャビン・アテンダントのおねぇさんに 「紙コップをください」というと、「薬ですか? お水も用意しますよ」と言って ペットボトルのミネラル・ウォーターを入れてくれた。 水を所望する客が案外居るということか。

結婚式で、いざ練習しておいた讃美歌を歌おうとしたらやはりアルトは難しく、 あきらめてソプラノを歌った。メロディーしか歌えないというのはなんとも情けない。

● 11月24日(火) ------------------------------------

死ぬほど胸が痛い。
しゃれにならないほど痛い。あばらにひびでも入ったかと思うほどだ。 咳をしてもいたいが、笑っても痛い。息を吸っても痛いからちょっとずつしか呼吸ができない。 笑い事じゃないのに会社の人たちは「肺が腐ったんじゃないの〜(笑)」なんていう。 「本当に肺が腐ってたらどうするんだよ?!」そう思いながら定時に会社を飛び出し、M医院に行った。
先生は私の顔を見るとまだ治らないのか、という顔をして「どうしました?」と聞く。
「胸が痛いんです」
しまった、これだけじゃまるで恋の悩み相談だ、と思い 「咳をしたり息をするとあばらのあたりが痛いんです」と付け加えた。
また「とりあえずレントゲン」をとり、それを見て先生がほっとした顔をして、 「肺炎は治ってますね」と言った。
じゃあ、この胸の痛みはいったい何?!
「筋肉痛でしょう。咳のし過ぎで筋肉痛って時々あるんですよ。」
ほっとするやら情けないやら....。

10月24日にとったレントゲン写真とならべて見て、当時いかにひどかったかがようやくわかった。 白く肺が映っていると思っていたのが実は全部肺炎の膿で、本来はそこになんとか線という膜とその下に 丸い二つの空間が黒く見えるのだ。確かに「こりゃひどい。」

念のために今までと同じ肺炎の薬と(咳が止まっていなかったから)、湿布をもらってとぼとぼと家路についた(徒歩30秒)。

● 11月25日(水) ------------------------------------

朝湿布を張り替える時間がなかったので、かばんにほうり込んで出社。
会社で湿布を張り替えた。けっこうみっともない格好だったので、 「ここに隠しカメラとかあったらやだなぁ」と思いながら作業した。

● 12月12日(土) ------------------------------------

まだ咳がでるので M医院に薬をもらいに行った。
先生はまた「まだ治らないんですか。マイコプラズマじゃないよなぁ....」とつぶやいている。 なんかもうすでに日常化してしまった会話だ。

余談だが、この日はこの後別件で耳鼻科に行き、たらい回された先で CTスキャンを体験した。 料金は 8000円。アトラクションとしてはちょっと高いよなぁ....。
午後は出社するつもりだったのに終ったのは午後 4時で、仕事にならなかった。

● 12月19日(土) ------------------------------------

まだ咳がでるので M医院に薬をもらいに行った。来週から社員旅行でハワイなので、念のためだ。
先生はまた「まだ治らないんですか。マイコプラズマじゃないよなぁ....」とつぶやいている。 なんかもうすでに日常化してしまった会話だ。

● 12月21日(月) (ハワイ現地時間) ------------------------------------

ぴたりと咳がおさまった。
以後、ハワイにいる間咳が出たのは肌寒い夜の海岸でだけ。
咳は肺炎のせいではなく、気温のせいだったというわけだ。 ということは、春まで咳は止まらない...?!
現在、何℃が臨界点か実験中。

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なんとか回復したしぇいですが、年が明けた今も咳はでるし、胸の筋肉痛も残ったまま。
ほんと、みなさん肺炎には気を付けましょう!
とりあえず、肺炎日記はこれでおしまいです。また再発したら更新されるかもしれませんが。(笑)
それでは、ごきげんよう。



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